国語授業のあれこれ

アクティブ・ラーニングや教材研究のための書庫です

生徒の授業評価

ALを見よう見まねではじめて3か月。つまり、この4月から挑戦開始でした。

こちらの未熟もあり、不手際もあり、いろいろあるのですが、それでも一定の成果はあったような気がします。

その成果には、当然マイナス因子もあるわけで(笑)、いろいろ見えてくるものも多いです。

 

学校指定の様式で、授業評価を書いてもらいました。

自由記述欄もあって、ちょっと挑発もしてみました。

「この授業評価は、校長先生も見るから、不満でもなんでも書いてね」

 

一クラス40人に1~3人、激烈な記述がありますね。

うざい、質問にちゃんと答えてほしい、授業と課外講習で同じ内容で問題を解くのでどうしていいかわからない・・・。

なかなか、ストレスが溜まります・・・

少し冷静になって考えてみると、以下のようなことかなと思います。

 

1 学校の先生の言うことをきいて、信じて、丸暗記するのが勉強と思っている

2 学校の「授業」は、受験や高校卒業後の生活には役に立たないと思っている

3 学校の先生は、学校の先生らしくあるべきだ

 

このように生徒を育ててしまった「教育」というものに、その関係者であり、「犯人」である自分の存在に、懺悔しかないです。本当に申し訳ないと思います。

 

自分の高校時代を振り返ってみると、受験戦争世代の端くれだった私は、丸暗記勉強、英単語5000個、1万語・・・と言われた時代を、丸暗記なしで(一浪しましたが)過ごし、学校や予備校の授業で学問に目覚め、でも学校の先生には大きな期待はしていませんでした。

国語と言う、暗記型からはおそらくもっとも遠い科目のせいもありますが、丸暗記よりも理屈が好きで、近代社会の問題を本文から取り出し、でも学校の先生らしくなく近代のブラックな現実を提示したりもします。きっと、こーゆー教員は、化石世代であって(笑)、もっと淡々と授業しないといけないんでしょうね(笑)

 

Theory of Knowledge を、今、読み進めています。

この中のいくつかの発想を、本文読解にあてはめるとあら不思議(笑)

今まで、読み解くのに時間と労力を要した本文が、いとも簡単に読めてしまうのです。

ああ、もっと早く出会いたかった(笑)

夏休みにこれをもう一度整理し、この理論に基づいた授業構築を考えています。

TOKに基づいた授業を考えると、それはアクティブ・ラーニングにしかなり得ません。

で、夏休みには課外講習があり、そこでセンターテストの過去問演習を行います。

センターの問題もTOKで見直してみようと思います。

そこで、自分を鍛えて、夏休み明けの記述演習に突入します。

TOKで読み、ロジックで表現する・・・そういう流れになると思います。

 

学校に対する批判でしか自己表現できない生徒たちの存在・・・そんな生徒たちは、これからどうやって生きてゆくのか・・・。

おそらく、残り約7か月の高校生活でそれを抜け出すことはできないでしょう。

でも、自分の中の、何かに気付き、これではいけないらしい・・・ということを自覚してくれれば、今年は十分だと思うことにします(笑)