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国語授業のあれこれ

アクティブ・ラーニングや教材研究のための書庫です

このままではいけないらしいと気づけるのはなぜか??

未来が見えた時ですね。

ふとそう思ったので、忘れないうちに・・・。

 

現在の生徒の段階は、このままでいけないらしいです。

それに気付けた生徒と、気づけない生徒

或いは、気づき認めることができる生徒と、気づいても認めることができない生徒

その差異は、未来への意識なのかも。

ただ、気づいてくれれば、あとは生徒内の良い意味での同調圧力で、認めざるを得なくなり、変化が始まると思います。

 

そうか、未来の見せ方なんですね。

未来が見えている人間は、今、どうすればいいかがわかる。

見えていない生徒は、自分ではわからないので依存するようになる。

でも、生徒は生徒なりに日々「学習」をしているはずです。その学習に「未来」が入っていないのかもしれません。

逆に、自分の未来を確保してしまった人間、つまり早く大学に受かってしまった人間は、そのために逆に未来を喪失するのかもしれません。つまり「合格したからこれでいいんだ」になってしまうのです。

でも、その先が重要なんですけどね・・・。

 

今、未来が大きく変わりつつあります。

そこには、人口減と言う社会変化と、人間の機能を実現・代替することが可能になる科学の進歩があります。人口減をAIで補う・・・という発想は、現状維持の発想にすぎません。

人口減やAIを前提にした「新しい社会」「新しい価値観」の創造が必要なんですよね。そこには、「人間にしかできないこと」が存在します。

ALは、人間にしかできないことのシュミレーションです。

この人間にしかできないことの中に、未来の創造、協業があると思っています。

さらに言えば、「意味を理解すること」も人間にしかできないはずです。

ロボットみたいな人・・・という言葉は、意味を無視して実行するという意味ですからね。

未来、創造、協業、共感・・・これらは「意味を理解」して始めて成立するものです。

これを伝えることが大人の役目であり、教員の導きになるかもしれません。

 

AIは愛を理解できるか。

機械が作ったご飯はおいしいか。

なぜ審判は人間がやった方がいいのか。

教育は、人間がやった方がいいのか。

人間が人間であるためには何が必要なのか。

それは「意味を理解すること」なのかもしれません。

或いは、「意味のあることをすること」が大事なのかもしれません。

少なくとも、意味は理解はできないくても、意味がありそうだ・・・という意識をもたせるくらいの内容を準備し続けることが必要です。

 

結局、人間がキレるのは、意味わかんない・・・ってことなのかもしれません。

幸い、年をとって、どんなことにも意味があることがわかってきましたので、それが、私の中の苦痛を取り去ってくれているのかな・・・と思います。

でも、意味を与えるのではなく、意味を考えさせる、自分なりの意味をもたせるように導く、全員共通の意味を強制しない・・・ことは大事かもしれません。

入試でどうこう・・ではなく、日本の未来と生徒自身の未来のために、意味のあることをし続けることが、今の大人には大事なんですね。

 

その時、生徒は「このままではいけない」と気付けるのかもしれません。

そして、思考の起点が、過去から未来へ変わるのかもしれません。

ここが大事なところなんですね。

 

人間にしかできない能力を磨く。