国語授業のあれこれ

アクティブ・ラーニングや教材研究のための書庫です

国語表現では

選択の国語表現を担当しています

私のクラスは、一般受験のみ。つまり小論文などが必要ない生徒のみのクラスです。

後期から「探究型学習」の体験をと思って進めています。方法は、

1、5~20分程度の映像を見る。

2、心に引っかかったことを書き留める

3、「2」にかかわる自分の体験を書き留める

4、自分が大切にしているものを書き留める

5、自分の感情を書き留める

というパターン。もちろん共有しながら進めていきます。

これが、意外と盛り上がっています(笑)

 

掘り下げる・・・ということで、自分の本音や本心、存在や可能性に気付いて欲しいと思うのですね。その先に、他者と自分をつなげていく、社会と自分とをつなげていく・・・そういう発想を持ってくれるとうれしいのです。

 

で、この先ですが、TEDやYouTube情熱大陸)とかを利用していますが、やはり、生で人の話を聞いて欲しいと思うのですね。もちろん、単純な感想文を書くわけではありません。それを題材として自分と向き合うってことになります。

ゲストスピーカーを学校に、教室に呼ぶ・・・ってのは結構難しいのですが、zoomやSkypeを使って双方向でできる時代ですよね。

だれか、ゲストスピーカーしてくれないかな・・・と思案中です。

 

 

半年をふりかえって

 4月から始めたALですが・・・紆余曲折を経て、半年経ちました。

 何となく、わかってきたかな(笑)

 考査明け、希望者だけでやろうと思っていた「小論文講座」を、そのまま現代文の授業でやっています。

 同時に、国語表現の授業では「探究的アプローチの体験」をはじめました。こちらは10~20分の映像を見て、「印象に残ったこと~体験~価値観~感情」と、共有しながら掘り下げていきます。やっぱりALは「アウトプット~掘り下げる」という形態に馴染むものなのですね。

 

 小論文の方は「書かない小論文講座」にしています。40名×5クラスの添削はできませんから(笑)。ではどうしているかというと、

 「問いを作る~不正解を作る」をアイスブレイクにして

 「問題文の意味を考える~設問の意図を考える」

 「自分の考えを立てる~その根拠(理由)を考える~反論する」の無限ループ

という流れを導いています。

 これからですが、NVCの例題も取り入れよう思っています。

 東北福祉大学が、AO入試の面接で出してきましたね!

 

 今、私の読解・思考のこだわりは「そもそも=哲学的な掘り下げ」「ジレンマ」にあります。本文の内容、筆者の主張は、近代の問題(社会、存在、科学)に結びつくわけで、そこには多面的な解釈と意見とがあるわけで、これを引き出すのはALという形態によくあいます。

 考えてみると、これは小論文だけでやるのはもったいなく、あらゆる文章の読解・理解に可能で必要なことです。というわけで、小論文講座、探究アプローチから始まった後期の授業ですが、ここで方法論を生徒に学んでもらい、私は方法論を予習し、この先の授業や問題演習に、そのまま利用・応用していこうと思います。

 というわけで、私式のALフォーマット作ってみます。

 明日は珍しく何もないので、今晩、気のすむまでやってみよう(笑)

 

 

 

 

  

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど その2

医学部系の小論文指導をしていたのは、もう2年前か・・・

 

ロンドンの地下鉄駅の階段を昇っていくヤツや、結婚を約束した婚約者にお別れを告げる手紙・・・という、話題の小論文を見たときは、・・・・でした。

 

これ、どういう採点するの?

医師の適性を、どこで判定するの?? と思いました。

で、医師としての適性・・・が、突破口になりました。

 

近代社会の問題の理解や、人間性を見ているんですね。

それは、現代社会の「闇」の部分と向き合っているか、現実と誠実に向き合っているか、他者と正直に向き合っているか・・・そういうことが試されていると感じました。

 

つまり、失敗はある。意図しない失敗もあるし、そのときは成功だと思っても、価値観が変わって、後から失敗という評価に変わるときもある。

それを受け止めて(つらいけどね)、振り返って自分と向き合って、そして未来に向かって行く・・・そういうヴィジョンが求められているような気がするのです。

 

であれば、○○はダメということが明確になります。

現実と向き合わないこと、自己正当化をすること、隠し事をすること、嘘をつくこと、自己開示をしないこと、説明をしないこと、根拠無く発言すること・・・などなど、禁止事項はたくさんあります。こうした不正解になるファクターはたくさんあるのです。

この地雷を踏むとアウトなんですね。

では、どうすればいいか?? は、ない。

地雷を踏まないルートを進むしかない。

そこに、完璧な正解はありません。ただ、最適解はあるはずです。

これが、大事なのではないでしょうか・・・

 

つづきそう・・・