国語授業のあれこれ

アクティブ・ラーニングや教材研究のための書庫です

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど・・・その3

まもなく、前期期末考査です。

これがおわると後期、10月、いよいよ後半戦のはじまりです。

正解のない問いへの対抗策は、みんなの知恵を集めることと、第三者による客観的評価・・・と考えてみました。そこで、10月から、アクティブ小論文と、難関大記述をはじめようと思います。

確実に、自爆行為(自爆好意?)ですが(笑)、思うことがいくつか・・・

 

勤務校は、学力幅よりも学習意欲の幅が広いです。

上位層は、東北六県国公立からMarchあたりに進学していきます。

が、昨年も今年も、この層の生徒は、塾・予備校に通っていません。

学校の授業、課外講習、自学自習です。

このあたりの事実は、先生方気付いていない人が多いです。世間も先生方も、国公立合格者は予備校のおかげ・・・と言っていますが(笑)、実は、学校と生徒の努力だったりするのです。

また、共通するのは「家の人」が「進学するかしないか、進学するならどの大学に行くかは、あなたの好きにしなさい。その代わり、あなたが自分で決めて、自分で努力しなさい」と言っていること。

(ひょっとして、こういう言葉がもっと多く聞かれるようになると、本校生徒の学習意欲はもっと高まるのかもしれません。だって、親が「自宅通学県内」、教員が「自分で決めて」と言えば、自動的に仙台市内の大学に決まってしまいます。そこには、学部も学科も学びも何もないです。ただ、学習意欲につながらないジレンマは残ると思いますが・・・)

 

かくして、上位層は、自分で考え、主体的に学び、将来を模索し始めます。

その結果、学びを求めての学部学科、大学選択となり、その多くは、東北六県から北海道~首都圏の国公立か、首都圏・関西圏の私大となります。

 

難関大・・・という言葉は、本校生徒の一部には挑発的な言葉になってしまうので、どうするか検討ですが、現実には

国公立大学二次試験」で現代文のある生徒

「成成國武獨明」以上の私大で現代文のある生徒

という枠組みになります。

センター対策は夏期講習でやりましたし、仙台市内の私大対策は授業の中で実施します。いずれ、12月~1月の授業は、過去問演習になりますが、そこで、国公立二次対策をやるのは、あまり得策ではない・・・という感じです。

 

テキストは、すべて、国公立大学二次の過去問で。

課外用には、良問や身につけて欲しいパターンを集めたものを作ってあるのですが、それを今年用に少しマイナーチェンジして。

この添削指導用には「上級現代文Ⅰ」を購入してもらって・・・と思っています。

 

授業や講義をするのではなく、生徒を集めてファシリテーションするのが私の役目。

そういう意味で、放課後の1時間限定で、集中した協同・協業的学びの場を作ってみようと思います。

 

 

正解はないけれど その2

医学部系の小論文指導をしていたのは、もう2年前か・・・

 

ロンドンの地下鉄駅の階段を昇っていくヤツや、結婚を約束した婚約者にお別れを告げる手紙・・・という、話題の小論文を見たときは、・・・・でした。

 

これ、どういう採点するの?

医師の適性を、どこで判定するの?? と思いました。

で、医師としての適性・・・が、突破口になりました。

 

近代社会の問題の理解や、人間性を見ているんですね。

それは、現代社会の「闇」の部分と向き合っているか、現実と誠実に向き合っているか、他者と正直に向き合っているか・・・そういうことが試されていると感じました。

 

つまり、失敗はある。意図しない失敗もあるし、そのときは成功だと思っても、価値観が変わって、後から失敗という評価に変わるときもある。

それを受け止めて(つらいけどね)、振り返って自分と向き合って、そして未来に向かって行く・・・そういうヴィジョンが求められているような気がするのです。

 

であれば、○○はダメということが明確になります。

現実と向き合わないこと、自己正当化をすること、隠し事をすること、嘘をつくこと、自己開示をしないこと、説明をしないこと、根拠無く発言すること・・・などなど、禁止事項はたくさんあります。こうした不正解になるファクターはたくさんあるのです。

この地雷を踏むとアウトなんですね。

では、どうすればいいか?? は、ない。

地雷を踏まないルートを進むしかない。

そこに、完璧な正解はありません。ただ、最適解はあるはずです。

これが、大事なのではないでしょうか・・・

 

つづきそう・・・

正解はないけれど・・・

創造思考、未来志向には「正解のない問い」があります。と言われています。

これ、確かに正解はないと思うのですが「不正解」は厳然と存在するのではないかと思います。つまり、正解のある時代は、正解以外が不正解だったのですが、正解のない時代は、不正解がまずある・・ということです。

また、正解のある時代の正解とは100点満点のことですが、正解のない時代の正解は、60~70点かもしれません。少なくとも、満点はないと思います。

 

さてさて、で、小論文の指導をしないといけないのですが・・・

これはだめ・・・ってのはあります。事実誤認、因果関係の破綻、出題の意図からの逸脱などです。

でも、「こう書けばいい」というのはありません。

それは、これはだめ・・・を踏まえて、自分で考えていいことなのです。これが「自由」ってことなのかもしれません。

 

聖書には「戒律(やってはだめ)」と「このようにしなさい」とが、因果関係となって書かれています。親切ですね(笑)。でも、これだと多様性は生まれにくいような気がします。

で、自由社会になると、「自分の思うようにしなさい」になるんですね。でも、聖書の戒律(これはやってはいけません)は、共通の部分があると思うのです。つまり「これはだめ」は共有したままの方がいいと思うのです。

近代以前は「これはだめ」「こうしなさい」の両方を共有していたのですが、近代になって「これはだめ」は知恵・真理として共有した方がいいと思うのです。やってはいけないことの共有を踏まえて、個人の自由を行使することが、多様性だと思うのです。

 

今は、とにかく「戦争だけはだめ」を、世界の共通認識にできればと思うのですね。

で、小論文もそうで、「これ書いたら不合格」ってのはあると思うのです。でも「こうすれば合格」はない。満点答案ってのもない。現代社会は「ジレンマ」を常に内在するので、相対的に優れているものが合格になるとしかいいようがない。

 

これ、ちょっと掘り下げてみます。

思考コード

というのがあります。リンク張れない・・・

 

大雑把にいうと、入試問題を

1 知識・理解思考(知識・理解)

2 論理的思考(応用・論理)

3 創造思考(クリティカル、クリエイティブ)

に整理するものです。

これ、結構画期的で、知る人ぞ知るものになっています。

大学入試にあてはめると

1 センター試験

2 私大、国公立の2次試験(記述)

3 小論文

ってことになります。

 

これを春休み、若い数学の先生に見てもらい「数学の問題だとどうなるの?」と聞いてみました。センスのある先生で、思考コードの表現するものにピンときてくれたようでした。

曰く、今までの授業や入試問題の演習の場では「知識・理解」と「論理思考」とが混ざっていた。どちらかに極端に偏っていて半端だったかも。

高校時代のセンター対策授業は論理思考ばかりだったけど、知識・理解が不足したままだと効果がない・・・

などなど、いろいろ思うところがあったみたいです。

また、新テストの数学では「数Ⅰ」だけ(という表現は適切ではないですが)になります。ってことは、今までの「平均点が60点くらいになるような山型標準分布」ではなく、「全員が80点以上」になるような、授業・考査の在り方が求められるかも・・・と考えてもいました。

というわけで、国語+数学でこんな戦略を立てました。

1 知識・理解の徹底(知識の定着が弱い本校生徒のために)

2 夏休みの課外講習は、センター演習

   (登るべき山の高さを示すことで、主体的に学ぶことを導く)

3 数ⅠAと、現代文を、夏の終わりまでに70%、

   (正解を難問増やすと70%になりますか?

    全体で70%になるために、各教科の目標点数を設定!)

これを生徒に示したのが、5月~7月にかけて、

 

その通り、授業や課外は実施できたと思います。

もちろん、達成度はそれぞれになりますし、もっと個々のサポートが必要なのですが、

少なくとも、ここまでの模試、国数英は上昇しています。具体的には

国語は上位層

英語は底上げ

数学は数ⅡB

というわけで、そろそろ次のしかけが必要。

 

次は、やはり「記述力」だと思っています

つまり、論理的思考力ですね。思考に根拠を求めることになります。

 

国語では、

文脈を追うこと、その思考をトレースすること

本文と近代の問題の重なり

などを追いかけることに重心をおいています。

指示語、接続詞、二項対立・・・を正確に読み取り、理解することですね。

そのうえで、全体像の把握として、こんなことをしています。

 

1 そもそも○○とは

   本文のテーマについて掘り下げる

2 ジレンマ

   そこにある相対するものと、二者択一の苦しみ、変化することの痛み

3 求めるもの、求められるもの

   ここに解決をもとめるしかないですよね・・・

というわけで、かっこよく言うと(笑)

1 哲学思考

2 近代思考

3 未来志向

と名付けています(笑)

3がまだ私の中でも未消化なのですが、これで要約や自分の発想の発散・集約を進めています。解決の発想はなかなか難しいのですが、自分の中で論点が明確になり、問いのカタチにまとめやすくなりました。

 

例えば「あなたがザビエルのように知らない土地に行って、そこで何かを広めようとするならばどうしますか?」という設問に対して、

 

そもそもなぜ、知らない土地の知らない人に、伝えようとするのか? という問いから出発します。

これは、商売ではなく、親切、好意、信念に基づいて、その土地の人を幸福にしたいからですよね。であれば、まず、その土地の人と仲良くならないといけません。その土地の人々の幸福感を知ることが必要ですから。

でも、ひょっとすると、その土地の幸福感と、自分が伝えようとする幸福感は、矛盾するかもしれません。であれば、幸福にする・・・というよりも、不幸を救う・・・という発想への転換が必要かもしれません。

そうすると、求めるものは、その土地の人々の幸福であり、求められるものは全体の支配ではなく、足りない部分のサポートかもしれません。となると、ここで最初に戻りますが、人々が「困っている」ということを言ってくれるような「信頼関係の構築」がとても重要になります。

であれば、まず、その土地に馴染む、食生活、お祭り、行事など、その土地の日常に溶け込むことが大事・・・みたいに発想していきます。

 

さて、では続きは、次回